麺を究める日記

麺の探求がライフワーク

仏教の源流 ー インド(長尾雅人)

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日本の仏教学者、故長尾雅人氏が書かれた「仏教の源流 ー インド」という本を読んだ。

「仏教とは何か」から始まり「釈尊仏陀)の生涯」「仏伝が教えるもの」「釈尊の人間像」など7章にわたって書かれている。

文章は非常に読みやすく入りやすいし、受け入れやすい。

手塚治虫氏の「ブッダ」を読んでいるので、文章に出てくる地名や人の名前、それ以外の単語も読みやすいように感じた。

ほんの少しだけ仏教が見えたような気がする。

冒頭の原文の一部
 人間と言うものは、最も原始的な段階の人間でも、必ず自分の行為にある信念をもって動いているものと思われます。その信念に従って行為しているわけであります。この信念とか信仰とか言うものを、深く考えればむつかしい問題が有りますが、私どもの毎日の生活のかにも、何かこういった原始的な信仰がはたらいています。例えば、少なくとも当分はおれは死なないぞということを、どこかで無意識に信じていて、だから人にお金を貸したり、何月何日にそれを返してもらうなどといったりします。何月何日まで必ず生きているという保証はどこにもないのですから、それはただそう信じているだけにしか過ぎません。しかし、実際には、このように何かを信じ、あるいは何かをそう思い込んでいることによって、われわれは生きているわけです。それがないと、われわれは少しも動くことが出来ません。


諸行は無情なり この世に存在するすべてのものは、同じ状態を保つことなく移り変わ         っていき、永久不変なものなどないということ。

諸法は無我なり あらゆる事物には、永遠・不変な本性である我(が)がないというこ。

涅槃は寂情なり 煩悩の炎の吹き消された悟りの世界

一切は皆苦なり すべてのものは苦しみである(自分の思い通りにならない)